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ぼくを葬(おく)る
死に逝く者が選んだあるひとつの選択



この映画を観ようと思ったきっかけはその題材にあった。

仕事もプライベートも順調でさあこれから、というときに
主人公は突然、余命三ヶ月の宣告を受ける。
そして宣告を受けてからその死ぬ瞬間までを描いた映画

普通の映画と若干違うのは
主人公がゲイだという設定だという事

こんな題材の映画を観るとき
多かれ少なかれ普通の人はその残された余命の描写の中に
自分自身を投影して共感できる部分を探し
自分だったらどうするのか、を考えながら観るのではないかと思う。
だって、誰にでも必ずは訪れる
「死」というものを扱っているからね。

私も少なからずそんな中の一人だったと思う。

そうして映画を観始めて私の思惑は脆くも崩れ去る。

主人公が「ゲイ」だという意味。

この主人公は誰かに置き換えれるような人物ではなかった。
ある一人のたまたまゲイだった男が
余命宣告を受け、ある選択をし
最後に自分の死に場所を選び、息絶える。
もしかしたら、主人公に共感を抱く人はいるかもしれない。
だけど、私には抱けなかった。
ネタバレになってしまうかもしれないけれど、
主人公が自分に依存しすぎる恋人の自立を促すために
愛しているが故に別れを選択し
そして静かに迫り来る死を覚悟した時に
自分の命を次の命へと受け渡す選択をする。
その部分に私は、どうしてもひっかかってしまった。

ひとつの命が終わっても子供へと命はと受け継がれていく。
死はひとつの通過点であり、命の連鎖というものは永遠なのだ・・・

それは確かに素晴らしい考え方だと思う。
余命三ヶ月でも男なら子供を作る事はできる。
でも、子供が生めない、生まない事を選択した女性だったら?
私に置き換えたとしても、その部分で映画に対する共感は消えた。

観終わった後に考えさせられる映画がたまにあるけれど
この映画もそんなひとつではないかと思う。
私が感じた違和感が、まさにそこが監督の狙っていたところだとすれば
してやられたという感じだけど・・・

ラストシーンの描写は古き良き時代の頃の映画へのオマージュを感じた。
沈む夕日の美しさは命の灯火がはかなく消えていくようでもあり
暗闇の中でなお寄せては返すさざなみの静かな音は
永遠に受け継がれ繰り返す消える事のない命の鼓動のようで
言いようのない余韻を残して映画は終わった。。
| 洋画・ハ行 | 17:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
ハイ・フィデリティ
High Fidelity

あなたの人生のTOP5はなに?



音楽とアナログが大好きな人なら
特にたまらんツボな映画でしょうね
私も観ながら「そうそうそう!!」
って頷きつつもツッコんでました。

30代の音楽ジャンキーが主人公で
音楽好きが高じてレコード店をやってるものの
店員もヲタ過ぎて(ジャック・ブラック最高ww)
売り上げはあんまりぱっとせず
かといって将来の事も逃げ腰であんまし考えたくない。
そんな主人公に嫌気が差して(?)
同棲中の彼女が理由も言わずある日突然出て行ってしまう。。
そこで彼は考える
「俺のなにが悪いんだ?」

ストーリー的にはこんな感じで始まるんですが
男の人ならけっこうこの主人公に共感できる部分が
あるのではないでしょうか
かっこいいばっかしの自分じゃなくて
思いっきり往生際が悪くてヘタレな自分。
まあ、こういう部分って
男女関係無にあてはまるところがあるかもですね。

音楽ジャンキー的な視点で観ると
もう、共感しまくり!(笑)
自分のお勧めの曲TOP5を作るとこなんざ
「国境越えても考える事は人間みな同じなのねww」って
嬉しくなってしまいました

脇役も豪華で(キャサリン・ゼタ・ジョーンズにティム・ロビンス)
楽しんで作ったんだろうなあ。。って
雰囲気が伝わってきます。
でもそんなコメディ・タッチな中でも
胸に響いたセリフはある訳で・・・

地に足の付かない生き方
それは自分自身、自由に生きてるってことだ
でもそれは自殺行為だ 少しずつ自分が死んでいく


私もある意味好きな事を仕事にして
好きな音に囲まれてはいるけれど
永遠という保証はどこにもないので
深く考えさせられるセリフでした。。。
| 洋画・ハ行 | 18:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
ハンニバル・ライジング
僕の中に
どうしようもなく冷たいものが流れている
僕はそれを
どうすることもできないんだ


グレアム・ヤング



カニバリズム(食人)という
映画でも表現するのが難しい題材に
なんとか挑んでいる姿が垣間見えて
好感の持てる映画ではありました。

あ〜、こういう過去があったからレクターは
こうなちゃったのね〜
と、ちゃんとわかる映画でもあります。
レクターがカニバリズムに走る動機付けが弱い!
という評価もありますが
カニバリズムを現実で目の当たりにすると
確かに一発でトラウマですが
やはり映画ではあれがギリギリの表現だったのではないのかなあ。。
そして成長しても当時の悪夢に悩まされ
それを断ち切る為と復讐の為
自らの手で大切な者を奪った男達を殺害していきます。
そう、最初は単なる復讐劇だったんですが
殺害を重ねるにつれ彼自身の中で何かが変わっていきます。。。

しかもラスト近く明かされるもう一つの事実

これで彼は完全にプッツンしてしまいます。

ここがアンソニー・ホプキンス演じた
羊たちの沈黙のレクターの
本当の誕生の場面なんでしょうね

それよりも私はこのレクターを演じた
ギャスパー・ウリエルに目が釘付けでした(汗
もろ私の好みで直球ど真ん中。
しかもフランス人だなんてーーーー!!
短髪も似合うし前髪長いのも似合うし完璧です。。。
しかも私の溺愛する某アニメキャラを人間にするとこんな感じか!?(笑)
観ている間中、全然違うところで萌えていたワタシでした・・・

| 洋画・ハ行 | 22:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
パフューム 〜ある人殺しの物語〜
ああ、香しき変態の御伽話



この映画は公式サイトをチェックした上観に行ったのですが
パソコンで予告偏を観ていると
ジャン=バティスト・グルヌイユ
という主人公の名前を聞いた相方が突然笑い出しました

「なんで?」と聞くと
「グルヌイユはフランス語でかえるだから」

おおお!そうやった〜〜
台詞が英語だけにスルーしそうだったのですが
名前にもそんな伏線があったのね

こうなると俄然期待が沸いてくる

そして
ナレーション:ジョン・ハート
という表記にもなんか引っかかる

なんでだろ?と思いつつ鑑賞開始

始まってすぐの聞き覚えのある声のナレーションで全てを悟る

このおっさん、ストーリー・テラー(注:1)の語り部役の人やないか!!

そうか、このお話は壮大なとある変態の御伽話なんだ!
そう理解できると現実的なツッコミは全く必要なくなるので
スポンジのような頭で観る事ができた

そして登場した主人公は
ルイジ・ロンギ(注:2)の
臭いフェチバージョンだった・・・

監督・脚本・音楽・主演
すべてがパーフェクトでよくぞこんなフェチの世界を
崇高な高みにまで持って行って見せてくれたもんだとしばし感動

きっとこの製作した人達も
「そう!実は俺にもこの主人公の気持ちがわかっちゃう部分があるんだよね!
ノーマルなんだけど、なんでかなあ?あははは〜〜」
と親近感を寄せていたに違いない

生まれつきフェチだった孤児グルヌイユは
初めてお使いに出た街で運命的な出会いをする
赤毛のプラム売りの少女=本能的に自分を突き動かす臭い
生身の女との人間としての接し方を知らないグルヌイユは
当然、本能のまま動物的にしか彼女に近づけない
そして結局騒がれたため誤って自分の手で殺してしまう

自分の手の中からかき消えていく、その命、その臭い

もう一度その臭いを手に入れるため
永遠に自分のものにするため
彼は少女達を手にかけていく

そして、哀しいラストへ―

彼が追い求めた至高の香水の最後の材料となった
赤毛の美少女ローラ
この少女ですら、最初に出会ったプラム売りの少女を越えることはできなかった

臭いを手に入れた後に気付く、本当に手に入れたかったもの

臭いを蘇らせることはできても
初恋の少女の体は永遠に蘇ることはない
手で触れて抱きしめてくれることはない
五感のすべてで愛し合うことはできない

なぜなら、自分の手で永遠に消し去ってしまったから・・・

永久に叶うことのない願い

そして本当のラストへ―

ちゃんと冒頭の伏線通り御伽話で終わります

原作では主人公の容姿は醜いそうです
ラストシーンとそういう意味合いを兼ねて
やはりグルヌイユ(かえる)とつけたのでしょうか
だからひとつだけ文句を付けるとしたらやっぱり
主役のベン・ウィショーがかっこよすぎることかな
だってこんなかっこいい変態は絶対にいないもの
巷で話題の750人の乱交シーンより彼の回想シーンの方がエロイなんてww

初恋を追い求める彼(フェチ男)がすごく切なく見える映画でした

注:1
人形操り師として伝説になっているジム・ヘンソンが製作したTVシリーズ。有名な童話を人形と役者を使ってリアルに再現し、ジョン・ハートが番組の語り部となって進行役を務めた。ちなみにジム・ヘンソンが手がけたキャラで有名なのはセサミストリートの人形達。

注:2
スイス生まれの髪の毛フェチ男。女性の髪の毛に異常な執着心を燃やし、女性の髪を洗うことでエクスタシーを感じた。いつもお金を払ったりどこそこまで送るからと頼み込んで洗わせてもらっていたが、ある日途中で帰ろうとした女性を殺害。生涯童貞だった・・・

| 洋画・ハ行 | 20:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
ブロークバック・マウンテン


私がこの映画を観に行こうと思った理由は
「同性愛」云々よりも
「20年近くも同じ人を愛し続ける」
という部分に惹かれたから

「なんでこいつなんだよ」
っていうどうしようもない衝動に駆られて
人を好きになってしまう気持ち

それは男同士だろうがなんだろうが
関係ない部分にあるものね

話は幻想的な愛の物語にふさわしく
前半でこの世の楽園を描いて
後半で一気に下界へと引き戻されて
60年代当時のアメリカをそのまま反映するかのように

「新しい」ジャックは未来への扉を開けようとし
「古い」イニスは頑なにそれを拒み
帰れない幻想を求め続けます

でも結局、答えが出せない

イニスが自身に抱える
同性愛=殺される、というトラウマと
別れのつらさで胸が張り裂けそうになるのを
ただの「胃痛」だと思って
それと気づくまで一年もかかってしまうような
鈍感さとがそれを邪魔するのだけれど。。。

アン・リーはまるで
女流監督のようにそんな繊細な描写を描ききって
悲恋を純粋な愛の物語に昇華させています

単に「好きになった人がたまたま同性だった」
で片付くようなテーマではありません

もう、どんな台詞にもちゃんと伏線があって無駄がない!

やはり一番唸ったのはラストの

jack,I swear・・・・

原作にはない娘が結婚を報告に来る
というエピソードを入れて意味合いをはっきりとさせています

この言葉は映画では
「ジャック、永遠に一緒だよ」
という訳で現されていますがどういう場面で使われるのか
直感でわからない日本人にはこの訳で私はいいと思います

この言葉は、教会で結婚式を挙げる二人が
「永遠の愛を誓いますか?」
という問いに神に対して
「誓います」
という宣誓の言葉として使われるのです

娘はきっと愛する人の前で
永遠の愛を誓うでしょう
では、20年前は見失ってしまったけれど
今の自分なら。。。?

今まで未来なんか目を背けて
自分の気持ちを我慢し続けたイニスが
これからも続くであろう悲愴な人生を予感しつつも
たった一人になっても
やっと確信できた愛だけを希望に抱いて生きていこうとする
そんな悲しい結末に見えました

なんか久しぶりに観た
「激しい愛」
だったなあ・・・・


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| 洋画・ハ行 | 03:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
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